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「フルメタル・ジャケット」(1987年・米)

 スタンリー・キューブリック監督によるベトナム戦争映画。新兵訓練の模様を描く前半とベトナムの戦場を描く後半の二部構成。訓練と実戦を通じて若者が殺人マシーンへと成長(?)を遂げていく姿を描いている。公開当時史上最高の戦争映画と賞賛された。

 とにかく前半の訓練シーンでの放送禁止用語連発の台詞が強烈。下品かつ卑猥な言葉の暴力。最新のギャングスタ・ラップなんて吹っ飛ぶ勢いである。前半は強烈な言葉の連発で思考を停止させ殺人マシーンを育成していくシーンと訓練についていけない落伍者「デブ」に対するしごき・いじめシーンが延々と続く。この訓練シーンでの卑猥かつ強烈な言葉があまりに質量ともに過剰すぎてまるでコミックのよう。この過剰さ故に観客もまるで鬼教官に怒鳴られているかのような映像体験が出来るというわけだ。(キューブリックはこうした観客にバーチャルな映像体験をさせることが好きな作家ではある。例「2001年宇宙の旅」のラスト、「アイズ ワイド シャット」に至っては夫婦関係をシミュレーションしたような感あり)

 余談になるが「フルメタル・ジャケット」公開直後、ファミコン・ソフト「ファミコン・ウォーズ」のCMでこの訓練シーンをほぼそのまま使っていた。「ファミコンウォーズが出るぞ!」「そいつはどえらいシュミレーション!」

 史上最高の戦争映画というわりに後半の戦場のシーンはお粗末。極端な言い方をすれば主人公ジョーカーの部隊はたった一人のべトコンの少女狙撃兵と戦うだけだ。そのたった一人の少女に翻弄されたうえ、少女の背後から忍び寄って発砲するというしょっぱい戦いぶり。戦闘描写は戦争映画の最高峰の一つである「プライベート・ライアン」と比較しようもないほどに細々としている。 又、同じベトナム戦争を題材にした「プラトーン」が徹底して『ベトナム』を再現しようと努力している映画であるのに対して、ロンドン郊外で撮影された「フルメタル・ジャケット」の『ベトナム』はセット丸出しでベトナムにとても見えない。実際「フルメタル・ジャケット」はベトナム戦争という題材ではなくても成立する映画であると思うが。

 映像の魔術師とも完全主義者とも言われるキューブリックがなぜ?と思わせる後半部ではある。

 なぜか?厳密にいって「フルメタル・ジャケット」は戦争映画ではないからだと思う。戦場を描くことを目的としてないと言い換えればどうだろう。通常の戦争映画は戦場を描くことによって戦争(という極限状態)を表現しようとする。従ってより本物のよりリアルな戦場を再現することに焦点を合わせる作品が多くなる。「プライベート・ライアン」や「プラトーン」あたりがそれにあたる。「ブラックホーク・ダウン」は・・・。対して「フルメタル・ジャケット」は戦争ではなく若者たちの変化・変貌を描こうとする作品である。無論、その変化を描くうえでは戦争という極限の状態をリアルに再現する手法もあるだろうが、キューブリックはあえて前半後半部共に超現実的に描くことによって主題を明確にする手法を採っているのである。(周囲の極限状況を再現することによって登場人物たちの変化・変貌を描くという主題が埋没しかねない、もしくは観客に主題が伝わらないこともあるのではないだろうか。実際「プライベート・ライアン」で最も印象に残るのは戦闘シーンの壮絶さと悲惨さではないか!)つまりは前半の思わず笑ってしまいそうなほどの台詞の連発も後半のあまりにもベトナムにみえない戦場も主題を明確にするための映画的な仕掛けというわけだ。

 又「フルメタル・ジャケット」が前半部と後半部にあたかも別の作品のように分かれているのはキューブリックが物語の結末を二つ見せたかったに他ならない。あまり触れられていないような気がするが前半・後半のラストは酷似している。前半部のラストで「デブ」は「鬼教官」を射殺し、後半のそれで「ジョーカー」は「べトコン少女」を射殺する。そして「デブ」は自らの頭も打ち抜き自殺し、「ジョーカー」はミッキー・マウスのテーマを口ずさむ。おかしくなったと思われていた「デブ」と戦場に赴いても正気を保っていた「ジョーカー」が、それぞれの「敵」、しかも丸腰の「敵」をフルメタルジャケットで射殺する。結果「デブ」は戦場に赴くことを拒否して訓練の最後において自らの命を絶ち、「ジョーカー」は訓練ではなく戦場において殺人マシーンへと変貌をとげていく。キューブリックにしては洗練されていない描き方ではあるが、同じラストシーンを二度繰り返すことによって二通りの結末を描き出しているのだ。

 「フルメタル・ジャケット」には戦争に対する憎悪などのあらゆる感情も反戦などのテーマもない。淡々と戦争に関わる人間の狂気がキューブリック独自の突き放した視点で描かれるだけだ。これほどまでに戦争を客観的に描ききった映画は他にない。決して傑作と思わないがリアルな戦場を描くことなく戦争に赴く人間の狂気を描いたキューブリックはやはり偉大だと思う。そして何度観てもラストシーンの「ミッキーマウス」の行進は無機的で不気味だ。俺はなぜか年末に必ず観ることにしてます。以上。

(08252002)
# by parttime_killer | 2007-09-02 10:29 | 映画は行